2020年8月21日金曜日

ホロスコープが教えてくれる亡くなった人からのメッセージ

ホロスコープは、出生時の星位置を表したものです。
この出生図の星が進行した様子や、
通過している星から、サインを読み取るのが星読みです。

ホロスコープはその人が亡くなっても生き続けます。
例えば亡くなった人がその後、
「生きていたとしたら幸運期」という時期を迎えた時、
その人が生前成した仕事や作品などが
脚光を浴びることがあります。

或は、その時期に、残された家族の問題が
解決るすようなケースには非常によく出会います。
亡き人が今もこの世や残された人たちを護り、
繋がっていてくれているのだなと
実感させてくれる現象です。

他には、この世を去った時の星位置により、
その人がどんな思いで旅立ったか、
また、近しい人に対して
どんな想いを抱いて旅立ったかを
感じられる場合もあります。

今日はその一例をあげたいと思います。


A子さんは病気で亡くなりました。

その日時の星位置と出生時のそれを照らし合わせながらみますと、この世を離れる時の彼女の肉体は、かなり消耗しており、生きる事が重荷といえるような状態であったことを土星が示していました。また病巣そのもの以上に、薬の副作用が激しかったのかもしれないことを海王星と火星が示しているようでした

しかし同時に、これまでの善行に助けられているような安らぎと、大いなる護りが木星によって暗示されていました。この護りと導きは、すでにあちらの世界にいる家族や親族たちによるものだったのかもしれません。

また、水星と火星と海王星の状態を読むことで、彼女は眠るように、夢をみているような中で現実の世界から離れたサインが読み取れ、遺族のお話とも合致していました。

そして残されたご主人のホロスコープと合わせてみる事で、彼女の彼への想いが浮かび上がってきます。

個人的なことが多く含まれるので一部だけのご紹介ですが、A子さんが旅立った時の月は彼の火星に重なり「貴方のありたい生き方をして欲しい」という想いが観て取れました。

また、過去生からの縁や課題を表すドラゴンヘッドとドラゴンテールにもはっきりしたサインがみられました。

彼女が、彼を残してこの世を去らなければいけないのは、過去生からの約束のようでしたが、彼が彼女を看取ることもまた彼の今世の仕事であり、それは彼の魂を更に磨くものだったようです。



また、A子さんが亡くなったのは、月食と日食の間でした。満月新月は、人の生死やメンタルに影響を及ぼしやすいことはよく知られていますが、月食と日食は更にその力が強まるように思えます。この月食の頃から、彼女は急激に弱っていったようです。

そしてこの時の月食は、ご主人の出生図の金星の真上で起きていました。彼の大切な愛情の上に、影って行く妻を表す月が通っていきました。

月食はそれほど頻繁に起こるものではありません。それが360度の中の1点の彼の金星の真上に来る日というのが、どれほどのことかお分かりいただけると思います。


前回と前々回のblogでは、
わたくしの夢についてを語りました。
夢によって、その出来事が誰のせいでもなく、
ただ「大きな営みの中の必然であったかもしれない」と
感じられる経験をすることは、
受け入れがたい現実を目の前にしたときに、
少しだけ助けになると思います。



しかし、夢が訪れてくれるかどうかなど、
夢解きの方は、誰でもすぐに
というわけにはいかないかもしれません。
けれど、同じ作用は、星を読むことでも
得られると思っています。



そう簡単に、心が晴れるわけではないでしょうが、
何か大きな流れやエネルギーがあることや、
「人も、星の運行や満ち欠けと呼応して
自然の一部として生きている」という意識が持てた時、
ほんの少しだけ、何かが抜けるような気がします。

そう慣れた時、大いなるものに心身をゆだねられ、
それまでよりはもう少したくさん、
亡き人と繋がっている実感が得られるように感じています。

開業以来ずっと
「人の生死については観られません」と
お断りしていますが、
いま生きている人への、旅立った人からのメッセージ
感じるお手伝いはこれからも心を込めて
させていただきたいと、改めて思うこの頃です。

2020年7月30日木曜日

麿山真実の夢日記8 四十九日の夢

6月末のひとつ前のblogに、友の死と夢についてを書きました。
心を寄せてくださった皆さんには、心からお礼申し上げます。

あれからまた少し日がたち、彼女の七七日・四十九日が訪れました。
そしてその翌朝に、彼女の夢で目が覚めました。





























夢の内容

私の家のドアから、彼女が出ていく。
扉を開けると向こうからはお日様がきれいにさして、白く輝いている。
彼女は私の方をみて
「じゃあ、またね」と笑って手を挙げた。

場面がかわり、見知らぬ一軒家の中にいる。
どうやらそこは、彼女の家族の家のようである。

お祖母様の家なのかもしれない。
実際のご両親よりも若い親御さんという人や親戚のお姉さん、
近所の友だちや、私が知っている友人もいる。

彼女はずいぶんお転婆で、
そういえば、少し体が小さいような気がする。

途中で一つの映像をみせてもらう。
彼女の小さい頃からの人生を再現した映像で
家族みんなで撮影したそうだ。
リアルで素晴らしい作品だった。

彼女のご家族から午前中にお招きいただいたようだったが、
午後にはこの家の荷物を全部出して
引っ越すことになっているそうだ。

随分、長居をしてしまったようだった。

時間がせまっている。
招かれた他の友人は、贈り物や気の利いた言葉を贈っている。
私は何も持ってきていないし、贈れるものもなく、
何も言えずにじっと見ている。

けれど、ふと、もう遠くにいってしまうのに、
何もできないまま、もう本当に会えなくなるのだと思ったとき、
私はわーんと声をあげて泣いた。
ほんの一瞬、叫んだような短いものだったけれど。

親戚のおねえさんが隣にきて、よりそってくれた。
私は、そのあとは心穏やかに、みんなを見送る気持ちでみていた。

すると、画面がフェードアウトするように
白一色になって目が覚めた。

夢についておもうこと

彼女が逝去してからずっと
夢の中に彼女が出てきているような気がするのですが、
目覚めると、覚えていない状態が続いていました。
覚えていないものの、
無意識の中で彼女と向き合っていたのかもしれません。

時々「なくなった人が夢にも出てくれない、せめて夢で逢いたいのに」
という方がいらっしゃいますが、
個人的には、目覚めた時に、まだとても悲しい想いが強い間は、
目覚めたあとが一層つらくなるので、
なかなか夢には現れてはくれないような気がしています。

その意味で、この夢から覚めた時、
「やっと会えた、彼女との新しいおつきあいが始まる」
と思いました。

また、コロナ禍でずっと面会もできないままでしたから、
夢とはいえ彼女との最後の対面でしたし、
扉越しに「またね」と言ってくれたことで
一区切りを与えてもらった気もします。

そして、場面が変わってからの彼女の家の引越しの展開については
連想が広がったり、思い当たる節があります。

私には、子どもの頃、転校の経験があります。
また、逆に転校していってしまった友もいます。
しばらくは幾度か手紙のやり取りをしたりはしていました。
でも今とは違い、メールもなければ、TV通話もありません。
何となくお互い新しい環境に慣れる中で疎遠になり、
もう今は連絡先もわからず、会う事も難しい友です。
何でもできるおとなになってからの出会いと別れとは、違います。
まして昭和の頃の話です。

でもその頃に会えなくなった友を、いまだに時々思い出したりします。
わたしを作ってくれた人生の一部分であることはまちがいない人たちであり、
今も彼らが健やかに暮らしていてくれることを願っています。

四十九日という一つの節目に、それを連想させる状況が表れ、
「彼女は逝ってしまったけれど、それは、こんな別れと変わらないのだ」
という夢をみて、自分を支えようとしているのかもしれないとも思いました。

或は、彼女は魂の家だった「身体」が病によって住みづらくなったため
新しい場所に移っていったのかもしれません。
実際、彼女は身体は病気になりましたが、
心は病人ではなく、最後まで健康で
凛としていたと感じています。

そして私は「彼女が魂となって挨拶にきてくれた」
彼女はいつも近くにいるから、ちょっと寂しいけど
悲しむことではない、と、納得しようとしているのかもしれません。

また、夢の中の彼女は楽し気です。
彼女の人生の子どものころからの再現映像を見せてもらったりして
彼女は「わたしは人生に悔いがなかったよ」と言ってくれているようで
残った者の気持ちを軽くしてくれたようにも思えます。

既に他界している彼女のお祖母様やご親戚に囲まれて、
「あっちにいってもこんな家族がいるから楽しいものよ」と
旅立つ途中の彼女が怖くはなかったかなというような心配を
払拭してくれたような、そんな気もします。

ただ、いずれにしても、これは私の夢でしかなく、
私の無意識が紡いでくれた物語でしかありません。

でも、物語の中に入りこみ、
感情的に、また、リアルに体感したように感じられたことで、
また少し心の整理ができて、前に進めた気がします。

また、夢に助けられたお話でした。











2020年6月29日月曜日

長いつきあいの友の逝去と4本の夢

本当はタイトルは「麿山真実の夢日記 7」
わたくし個人の夢日記です。

けれどあまりにまだ近い夢であり、
今までのその中に並べる気になりません。
 
私の今までの人生の中で
約7割の時間を共にすごした友が逝きました。
5か月の闘病生活でした。
これは夢ではなく、現実の出来事です。

初めの2か月で、
覚悟をしなくてはいけないという想いと
それを打ち消したい想いを抱えました。

3か月目には本人とも、
彼女が旅立った後についての話をしました。
それでも奇跡を信じたかった頃、
新薬が効き初めました。
数値はぐんぐん良くなっていった4か月目でした。

その翌月「旅立った」とご家族からの連絡が入りました。
つい数日前にも電話をくれた彼女だったのに。

病名が確定してから5か月目のことでした。

急なことでした。
ショックは大きなものでした。

けれどそれでも、この5か月の間にみた4本の夢が
私を支えてくれてもいました。



1本目は、新薬が効き始め、
「退院も可能かもしれない」と
いわれていた頃に見た夢です。

私は彼女と連れ立って出かけ、
ハンバーガ―を二人分テイクアウトしました。
けれど家に戻って二人で開けると二人分どころか
大きさは購入したものの半分程度の
小さな別の食べ物にかわっていました。

詳細は控えさせていただきますが、
彼女の健康上の数値はよくなっているといっても
「連れて帰って来れるほどエネルギーは足りていない
別の部分が消耗している」と感じました。

この時、彼女と「ゆっくりよくなればいいよね」と、
そんな話をしました。

2本目は、結局、退院が延期になった4か月目の夢です。

私は彼女と一緒に、ある街を歩き、靴屋さんにはいります。
私は彼女に「もうすぐ貴女の誕生日だからどれか選んで。
プレゼントするから」と言います。
彼女は普段通りの彼女の笑顔や口調で
「そんなのいいわよ」と言いながらも
選び始めてくれました。
けれど彼女が靴に手を伸ばしかけた所で夢が終わりました。

この時も、私は彼女に、この夢の話をしました。
彼女は、入院生活も長くなり、
また薬の副作用もあり、歩行もままならず、
リハビリも行っていた頃でした。
私は彼女に
「残念ながらまだ貴女にプレゼントできるところまではいたらかなった。
でもあと少ししたら、靴を履いてくれるかもしれないね」と
夢の話をしました。

ただ、この段階で、本当のところは
不安でいっぱいでした。

ちっとも暗いイメージの夢ではなく、
むしろ楽し気な夢だったのですが、
だからこそ、細かい点でのひっかかりがありました。
けれどそんな思いは頭の中では打ち消しました。


3本目の夢は、彼女が旅立つ20日前でした。

夢の舞台は、私が暮らす場所の近くに実際にある橋でした。
この橋は今までにも、重要なポイントで
私の夢によくあらわれる橋でした。

夢では、この橋の向こう側に彼女が立っています。

初夏を思わせる良い天気です。
彼女は私を見て、こちら側に走ってこようとします。
私は「病み上がりなのだから私が行くから無理しないで」と
駆け寄りました。
彼女は和紙でつくったような淡い色の美しい日傘をさしています。

私は彼女の隣に並んでいるのですが

もう一人の自分が、自分と彼女が並んでいる姿を、
正面から眺めている構図でした。
私は「こうしてまた会えて本当によかった」と話し
彼女は「そうね」と笑っていました。

目覚めて「退院をしてまた会えるという正夢である」と
思い込もうとしている私がいました。
そう思い切れないから、むしろ不安が募るから
そう思い込もうとしたのです。

例えば彼女は普段から日傘は差しません。
その日傘で少し顔を隠していました。
私が見ていた構図は
二人が並んでいるのを遠くから見るような
客観的なものでした。

他にも細々とした理由はあるのですが、
個人的な内容が含まれるので
ここに記すことは控えます。

ともかくこの時も、
「口にすることで、正夢になりますように」
という願いを込めて、
彼女に夢で逢えたことを語りました。

夢の意味や、そのほかのサインを拾いながらも
黙って見守ってくれているような
もう一人の自分を感じながらの抵抗でした。

4本目の夢は、亡くなる6日前のことでした。

誰かが家に忍び込もうとしています。
不審な男性が4~5人いるようなので
「どなたですか?」と思い切って出ていき
追い払おうとします。
しかし彼らは目をそらしただけで
誰も何も答えず、少し離れてこちらの様子をうかがっています。
とても気持ち悪く怖さを感じましたが、
何とか追い払います。
彼らは何かを知らせに来たのかもしれません。
盗聴器や怪しい機械をあちこちにセットしていったかもしれません。

場面が変わり、私は寝台車のベッドに

横になっているようでした。
窓の外は夜で、漆黒の闇です。
その列車は何かトラブルがあり、
ずっと走り続け、停まれないでいたらしいと知ります。
所が、急に停止しました。

私は近くにいた人に「とまった?」と尋ねると

そうだと返事が返ってきました。
私は、これ以上動くことはないけれど、
「これでやっと外に出られるのだね」と
言ったところで目が覚めました。

もの悲しい想いがあふれる中、
すぐに起き上がらずにいました。
そして、闘病中の彼女と
寝台車に乗ったことがあるのを思い出しました。

それから数日、彼女は旅立ちました。
やっと病院から外にでて、家族の元に帰れました。


4本目の夢は、
本当にその現実が近づいているけれど、
まだ直視できるかどうかわからないと
夢を見せてくれる力が
判断してくれたのかもしれません。
彼女本人の姿は出てきませんでした。

しかしまだ時間があり、段階を追って
覚悟をしていかなければいけない時、
夢は彼女の姿を直接見せてくれました。

またこれは、面会がかなわない中、
不安でありながらも、
彼女と会えた嬉しい夢でもありました。

夢は本当に不思議です。
そしてまたもや夢に助けられています。
段階を踏んで、覚醒時のわたくしを護りながら
その日を迎えさせてくれました。

まだまだ、
ぽっかり空いた心の穴は当分埋まらないでしょう。
事あるごとに不意に大きな悲しみに襲われるでしょう。

大切な人を失ったことがある人だれもが感じる
あたりまえの喪失感です。

けれど夢が訪れてくれていたことで
悲しくても悔しくても、これが現実であり、
今の想いは必ず超えられる経験であるという
確信がいっそう強まります。

だからあえて元気になろうとか
早く立ち直ろうなどとも思わず、
じっと今を感じて、
自然に過ごしていくことができます。

勿論、何度もいいますが、
時々ふいに泣くでしょうけれど。
でも、泣かなくなるその日までの間、
今、現実の生活の中で出来ることはしていきます。
それは、こんな想いを言葉にすることです。

同じ悲しみを抱える彼女の家族や友人に
互いの想いを聞かせてもらって、聞いてもらって、
また、こうして書くことで、皆さんに読んでもらって
それだけで心が少し軽くなります。

そんなことがない方がよいけれど、
皆様も、どんな種類のものであれ、
もしも抱えきれるだろうかと心配になる思いを感じたなら、
語れる分だけを少しずつでよいから、
表に出していってくださいね。

今回は私はこうして皆さんにお話を聞いてもらって
とても助かりました。ありがとうございす。

それから、勿論、とても悲しいことはありましたが、
この間もかわりなく、いつも通り、
ご相談にのり、お話を聞かせていただいていましたから
これをお読みになっても、
今後もどうぞご心配なくお願いいたします。

彼女は、本当に
お日様のような人でした。
彼女の温かさは今もしっかり感じます。
いままでありがとう。これからもよろしくね。

そして皆さま、
最後にもう一度 読んでくださって
ありがとうございました。

2020年5月26日火曜日

ありがとうという気持ちと言葉

今日、何回「ありがとう」と言ったかな、と
時々、ふりかえります。

「こうすることにしたから」=了解!ではなくて「ありがとう」

「お茶がはいったよ」=今行く!ではなくて「ありがとう」

「こちらレシートです」=無言…じゃなくて「ありがとう」

「できました」=「ご苦労様」ではなくて「ありがとう」

「こちらへどうぞ」=「すみません」ではなくて「ありがとう」


他にはどんな言い換えられるシーンがあるだろう、
そんなことを思います。

でも、どこかから叱られそうですが、
漠然としたスローガンのような「ありがとう」や
禁止の代わりのけん制のための「**してくれてありがとう」は
ちょっと苦手です。
わたくしの個人的な感覚ですが。

けれどたとえ、相手を知らなくても、
相手の顔が浮かんでくるような
心と一緒に捧げる「ありがとう」は
はたで聞いていても心が温かくなります。

ことばもまるく
ありがとうと言われると嬉しいものです。
同じ分だけ、ありがとうと言うと心が晴れやかになる
不思議な言葉だと思います。

でも、ちょっと照れくさかったり
堅苦しく感じてしまう人もいるでしょう。
海外にいくとThank youと言う機会が増える人でも
日本国内ではなかなか出てこない人もいらっしゃいます。

ある知人は「ありがとThank you~」と歌うように言います。
言われた方は、つい笑顔になるような明るい言い方です。

身近な人に向けての言葉ほど
他人行儀なようで、
言いたいけれど抵抗感が…という人は、
相手に伝わればよいのですから、
自分なりのありがとうの言い方を作るというのは
素敵なアイディアだと思います。

ひとまず非常事態宣言が解除されましたね。

問題やストレスが多い時であればなおさら、
音としての「ありがとう」だけがそれではないので、
「ありがとう」の気持ちが相手に伝わる言葉を
たくさんの人が声に出していけたらよいな、と思うこの頃です。

2020年4月21日火曜日

新型コロナウィルス感染拡大に伴う通話相談サービスについて

新型コロナウィルスの感染拡大で、
気持ちが滅入りがちだったり、
漠然と不安だったり、
実際に、営業自粛や社会生活ができなくなったり、
その影響はそれぞれお辛いことと
お察しします。お見舞い申し上げます。

そして医療関係の皆さん、配送や各種交通機関、
お店や公共機関など、
不特定多数の人と接しなくてはいけない
最前線で働いてくださっている皆さん、
心から、ありがとうございます。
一日でも早い終息のために
自身が出来るだけの対策をとることが
皆さんのお役に立てることかもしれないと思っています。
皆様のご健康を心からお祈りしています。

そして、外出自粛で過ごす皆さん、
家族の場合、独り暮らしの場合、
それぞれ事情や感情が違ってくるとも思います。
人の数分、想いがあることでしょう。
また、報道や周囲にあふれる情報による精神的疲弊も
そろそろ現れやすくなるかもしれません。

コントロールできないことばかりであるならば
今自分が制御できることだけを
確実に成しておきたいものです。

けれどそのためにはある程度の気力が必要です。
しかし思っているより、
それが、失われている場合があるかもしれません。

例えば家族と一緒ですごし、安心であっても
逆に一緒の時間がいつもより長いが故に、
小さな行き違いが積もっていくこともあるでしょう。

いら立ちの直接の原因が
家族によって発生したものでなくても、
そのモードのまま、家族に接すると
相手は怒りの波動をぶつけられているように感じるかもしれません。
そして受け取ったいらだちを、違う機会に、
ここぞとばかりに投げ返すことになるかもしれません。

また、もし外に出かけていられたなら、
仕事や遊びでエネルギーを使うこともでき
単純に肉体エネルギーを発散することができます。
何かしらのきっかけを待っていたかのように
行き場のない、溜まったままのエネルギーを
放出してしまうこともないでしょう。

また独り暮らであれば、また違う想い、
生活の不安や、漠然としたもやもやした気持ち、
淋しさを抱く場合もあるかもしれません。

先が見えない時や自由を奪われた時、
閉塞感が漂う時などには、
普段思いもしなかった感情や状況が
生まれやすくもなります。

例えば、仕事での充実感や音楽ライブやスポーツ観戦、
大声でみんなで語り合ったりカラオケを楽しんだり、
旅行をして新しい世界に触れたり、
感動したり、心地よい興奮があれば
ある程度すっきりして「ま、いいか」と
笑って流してしまえることも増えるでしょう。

でも、そんな機会が失われたり、
今のように、むしろ奪われたような気がするような時には、
沸々とした気持ちが徐々に溜まるのも自然なことでしょう。

でも、今どれくらい
自分が疲れているか、
どんな感情を抱えているかを
ある程度客観的に知ることができると、
比較的制御できる反応や感情が増えると思います。

そしてそのためには、
「つまらないことだから」とか
「私だけじゃないから」
「言っても仕方ないことだから」などと呑み込まずに、
まずは言葉にしてみることが大切です。

例えばそれは、無理に体を動かして働き続けて
体にたまった毒素や筋肉痛を
デトックスやマッサージで
きれいさっぱり外に流すのと同じです。
誰かに想いを聞いてもらうことは
心にとって、これと同じ効果があります。

友達同士など、身近な人でこれがかなうなら
互いに協力しあって、リセットする時間をとりましょう。

でももし、身近な人には心の内を語りたくないとか、
愚痴がひどくなって友達に迷惑をかけそうだとか、
いろいろ気を遣うようであれば、
わたくしでよければお話を聞かせてもらいますので
ご遠慮なくご連絡ください。

4月22日~5月6日の間、
お電話やFacetimeオーディオ、line通話
(ご希望であればビデオ通話も可)を
30分2000円で承ります。

日時の予約が必要ですので
まずはメールでお問い合わせください。

勿論、通常通りの、特定のご相談や夢解きなども、
時間内であれば内容は問いません。

出かけてリフレッシュがかなわない時なので
少しだけですが、ご協力できればうれしいことです。

勿論、わたくしにではなく、
他にお話ができる方が身近にいらっしゃる場合は
独りでがんばりすぎずに、そちらへ連絡してみてください。

ひとまずの5月6日までの非常事態宣言になっていますが、
おそらくまだまだ先は長いことでしょう。

長期戦に備えて、こんな時だからこその
自分の役割や仕事、自分だからできることをして
自分を強く保っていきましょう。

また、最後になりましたが
自身の感染も怖いことですし、
そのために働いてくれている人達の負担も心配ですが、
例えば、今、別の病気で闘病をしている人、
入院している人たち、
或は、年輩の方で施設に入っている方たちもですが、
皆、面会が禁止になっています。
ご存じの方や、その立場にいるという方も
たくさんいらっしゃるかと思います。

会いたい人に会えることは
生命力を強くしてくれると思います。

一日でも早く終息すれば
それだけ早く再会がかないます。

ありきたりの言葉しか浮かびませんが
自分の今日の対策やがんばりは、
ただの我慢ではなく、
あなたにとって見ず知らずの方かもしれませんが、
再会を待ち望んでいるどこかの誰かの
大きな支援にもなっているのだと思います。

渦中の皆さん、どうぞもう少しの間、
堪えてくださいね。

来年の桜はみんなで明るい気持ちで眺めたいですね。








2020年3月10日火曜日

世の中の今と山羊座の話

現在、幸運の星と呼ばれる木星が山羊座にはいっています。
木星はギリシャ神話ではゼウス、
ローマではユピテル(ジュピター)であり、
世界を支配する暗示も持ち、
良くも悪くも、拡張や流行という意味もあります。

しかし木星にとって、山羊座は下降の座と言われ、
あまり居心地がよい場所ではないようです。
そのためか、守りや保護という肯定的な働きと同時に、
マイナス面である「肥大」や「疾病」等の意味合いが、
山羊座のマイナス面と合わさり、
社会活動を混乱させているように感じるこの頃です。

さて、そこで山羊座のお話です。

一般的な本や雑誌などでは、
出生時の太陽が12星座中のどこにあるかだけを見て
「++座のあなた」と、
大まかにその性格や傾向が示されるのは
皆様よくご存じのことと思います。

あたっている、当たっていない、など、
内容にあれこれ思うことでしょうが、
その中でも、私の経験上ではありますが、
「この内容は違う」と特に異論を唱える星座が、
山羊座であるように感じています。

例えば山羊座は「老練で実直、勤勉、堅物、
派手さはなく慎重だけれど野心的、保守的」等と書かれたりします。
しかし、実際はちょっと違うので、当然かとも思います。

それは山羊座の神話を考えてみると解りやすいかもしれません。

山羊座の神話の主役は牧神パーンです。
普通のヤギではなく、下半身が魚であり、
他の星座の物語と異なり、ユーモラスな神話でもあります。
このあたりを考えると、山羊座の人たちの異論も納得です。

「牧神パーン」は、諸説ありますが
ヘルメスの息子と言われています。
ヘルメスは、旅人や商人の守護神であったり、
音楽や語り、知恵などの神でもあり、
神々の伝令、特にゼウスの遣いでもありました。
ローマ神話ではマーキュリーにあたるので
水星の守護神でもあります。

フットワークの軽さや俊敏さ、
明るさを持つ父を持つからでしょうか、
パーンも、実はとても陽気で
熱狂もしますし、それと決めたら即行動。
葦で作られた笛を吹いては、野山を駆け巡り、
情熱的な恋多き神でもありました。

しかしその姿は、下半身はヤギ、上半身は毛深い人間ですが、
頭にはヤギの角と耳という姿です。
そのためか、恋をしては追いかけ、
追いかけては逃げられるといった話もたくさんあります。
愛用の葦の笛にもこれにまつわる物語があります。

そして、この情熱の為か、勢いの為か、
パーンは「熱情や狂気」もはらみ、
「神々や人々にパニックを与える」
とも言われています。

パーンがもたらす恐怖が、
パニック(Panic)の語源でもあるそうです。

山羊座の神話は、ある日、ナイル川岸で宴会をしていたパーンは、
歌や踊りで周囲を盛り上げ、自分も楽しんでいる所から始まります。
そこに、お酒の香りにつられて怪物テュフォンが乱入します。
実はこの時、アフロディーテと、その息子エロースも同席していましたが、
彼らは、川に飛び込み魚に姿を変えて逃げました。
(これが魚座につながりますが、これについてはまたの機会に。)

さて、パーンですが、彼も皆にならって川に飛び込みました。
しかし慌てたので、上半身はヤギ、下半身は魚の姿に
なってしまいました。

その姿があまりにおかしかったからと、
ゼウスが天に残したものが、山羊座です。

また、別の説では、
「いつも皆にパニックをもたらすパーンがパニックになった」から
神々が喜び星座にしたともいわれています。

さて、お話が長くなりましたが、
山羊座に木星が入ったことで、
この「パニック」傾向が、
そして拡大しているように思える今日この頃です。

また木星は世界を股にかけますから、
どんどん広範囲にそれは広がっていきます。

勿論、ご存じの方も多いでしょうが、
冥王星は2009年から、土星は2018年から、
既に、同じ山羊座に滞在しています。

社会や政治、経済、安全などの山羊座に、
忍耐やショックの与える土星や冥王星が入っている影響もあるでしょうし、
ほかにも様々な要因が混在しています。

ただ、ともかく、この後、
木星は5月14日から一時逆行に転じるので、
ここで何とかよい方向に転じてくれればと願ってやみません。

しかしいずれにしても木星は、12月後半までは山羊座に滞在します。
長丁場を覚悟して、腹をくくって、
長期的視野で、前向きに思案していく必要があると感じています。

付け加えておきますが、勿論、
山羊座そのものが悪いわけではありませんので
誤解なきようお願いいたします。

COVID-19、新型コロナウィルスの広がりは
今後もまだ大変な時が続くでしょうが、
具体的な予防やケアに心を配り
気を塞ぐことなく、
免疫力を高める生活で
一日、そしてまた一日と、
日々を過ごして
行きたいと思います。

少しでも、穏やかで明るい春になりますように。
















2020年3月6日金曜日

続けていくこと

「今がその時!」だから「スイッチ入れてやる!」
と思っても、なかなか難しいものなのかもしれません。

「やる!」ということは、
表に出ることになる場合も多く、
人の目や評価にさらされたり、
責任がともなったり、
現状を失うリスクがあったり、
「今だと思ったのに、それが失敗に終わったときが怖い」
ということもあるのかもしれません。

だから、「その時なのかどうか」の
何らかの証を求めたくなったりもします。

でも、大きな勝負ができないなら、
小さくてもいいから
それを永らえていけばよいのではないかと思います。
その過程で、やっぱりこれが好きだなと思えたなら
なおよしです。

やり続けることで、
他ならぬ自分の内側から元気がもらえる
ということがあります。

それは内とつながってくれている
大いなる者からの贈り物かもしれないと思います。
誰から何と言われるよりも
かけがえのないお護りです。

そしてこの、増えていく元気や力が、
目指すところへの後押しになるでしょう。
または、もしかしたら
はじめに目指していたところではないかもしれないけれど、
「確かに自分の場所だ」と思う所に、導いてくれるます。
いずれにしても無駄なことなど、ひとつもないとつくづく思います。


金星が本宮の牡牛座に移った日に思ったことでした。