2016年8月10日水曜日

職場と粉雪の夢

夢の実例~夢主 Kさん(50歳女性)

職場にいる。実際の職場とは作りが違う印象。こまごましたものが散らかっている。急にお客様が訪れたが、取り繕うこともなく、慌てず、そのままでお迎えした。

お客様は散らかった周囲を気にもしていないみたい。いつも気を配っていたけれど、そんなものなのかなと思った時、室内だったのに白いものがちらちらと落ちてきた。上を見る屋根がなく、半分が外になっている。チラチラ舞っていたのは雪だった。

屋根がなくなった外の景色は広大な山。子供の頃見ていたアニメの「アルプスの少女ハイジ」に出てきそうな場所。もしかしたら本当にアニメだったかもしれない。

夢解き

Kさんはいわゆるキャリアを積んだ方です。夢の中でも「職場が散らからないように気を配っていた」と仰るように、自分たちの事情や未熟さが影響しないように、お客様第一に接客をしてこられました。


けれどこの頃、今までしてきたポリシーや配慮が、「それほど大切なもでもないのではないか」と片付けられるような出来事を経験しました。

ご本人は、「お客様の層が変わってきたので、お客様側からしても、スタッフ側からしても、大切にしたい事柄が変わってきたのかもしれない」と感じているそうです。そしてそれはKさんの仕事への動機付けを失わせるものだそうです。

この現状がそのまま「散らかった職場」や「それを気にしていないお客様」として夢に現れたています。

そこにチラチラと舞い始めた雪。雪には一新や純粋などの意味もありますが、「冷え込んできたと思ったら雪がちらつき始めた」とか、「初雪が降り、冬が始まったのだなと確認する」というような場合もあります。

また、プロジェクトの進行状況や人生そのものも四季に例えられることもあります。又、仕事内容や定年年齢など、それぞれの状況にもよるもしれませんが、職業人としても、例えば、20代は春かもしれませんし、30代が夏、40代が秋、50代は冬だと捉える人もいるかもしれません。

Kさんは、初め雪を見た時は、もの悲しい気持ちになったそうです。けれど屋根がなくなっていて、更に山に降る雪なら、美しくなるかもしれないと思ったそうです。

「現職」だけの人生を考えれば、今の世の中の流れは、今までのKさんのスタイルに終焉を突きつけるのかもしれません。けれどそれは「閉ざされた小さな職場内」の話です。
天井や屋根は雨風をしのいでくれる「護ってくれる存在」でもありますが、同時に「頭打ち」「制限をするもの」でもあります。

夢の中のKさんは感情とは別に職務を果たしながら、「アルプスの少女ハイジ」のような壮大な山を観ています。彼女が「仕事は仕事」として、それ以外で子供の頃からの夢や、好奇心を満たす時間を過ごすことを考える必要があるのかもしれませんし、もしかしたら転身の可能性もあるのかもしれません。

と、そこまで話をした時、Kさんはもう一つ、アニメについての連想を浮かべました。それはこの頃流れているそのアニメを使っている家庭教師のCMでした。

そして、どうやらそれが答えのようでした。「勉強し直したいことがある」という強い想いがしっかり立ち昇ってきたそうです。それはただぼんやり思い浮かべていた時よりはっきりした望みだと自覚したそうです。

この理屈ではない心の動きこそ、夢からメッセージの醍醐味です。

終わらないものはありませんが、終わるからこそ、次が始まります。それを教えてくれるKさんの夢でしたが、同時に、「時代の流れを嘆きかけていた彼女」が、時代の流れを造るメディアによって「オリジナルのイメージを変えているCM」が鍵になった夢を見ていることが、夢の妙、面白いと感じました。

2016年2月26日金曜日

部活の夢

夢の実例~夢主 I子さん(47歳女性)

ホールの控室のような場所。高校生のような集団の中にいる。ブレザー姿の制服を着た20人くらいの集団。私は今の大人の自分で、私服。

場面がホールの会場や体育館の階段のような場所になっている。集団は合唱コンクールに出場しているコーラス部なのかもしれない。他校の生徒も別の所にいるらしい。

私が行動を共にしている人達が歌いおわった。私は見ていたのだが、もう一人いた、制服ではない誰かに「今の歌は小学生が歌っていたのをテレビで見た」と小さな声で話す。小学生が歌うレベルの楽曲だと、少し馬鹿にした気持ちで言ったのだと思う。すると制服を着ている女の子が私に「そうなのよ。小学生も歌っていた歌よ」と静かな口調で言った。

私は馬鹿にして皮肉ったのを聞かれたことの気まずさと、「それは事実」と相手が認めていることに、自分の方が恥ずかしい気持ちになった。実際、別に馬鹿にするようなことでもない。

しばらくして煙草が吸いたくなったので灰皿を手にして、外で吸うために皆でいる室内を出ようとした。別の女子高生が「このままそこで吸っていいよ」と、声を掛けてきた。誰も私の事や動きを見ていなかったように思っていたのに、少しびっくりした。

私は「でも(みなさんは)高校生だから、迷惑かけるだろから」と言うと「みんな吸うから大丈夫。あそこにも灰皿はあるし」と指をさして示した。「じゃあ遠慮なく」と応えて私は煙草を吸って一息ついた。

その後、別の学生から「移動するよ」と声を掛けられて、ついて行った。

皆、お互いも大げさに笑ったり盛り上がったりもしないし、何か話しているのかどうかも解らないし、そっけない表情だったりする。それに私の事を観察しているようにも見受けられないのに、私が何かしようとしたり、何かを思うと、声を掛けてくれたりする。でもそれは、恩着せがましくもなく、淡々としている。彼らもお互いにバラバラに座っているようでいて、何となく同じグループのような動き方をする。若いのに、皆、人間ができていると思う。力みなく、ただ自然にそうしている。


夢の背景と夢解き
「どうして人に優しい気持ちになれないのだろう」「どうして他人に何かをしてあげようとか、少しくらいの労力をかけて手助けしようと思わないのだろう」「何か差し入れや贈り物をした方が良いなと思う時、お金を使うこともけちる気持ちになるのだろう」等々。これらは、このところのI子さんが自問自答する事柄でした。

実際には、I子さんは、これらの思いが表に解らないように、人ともうまくやっていました。現実的には問題はありませんでした。

ただ、何かにつけて、例えば「私がやってあげなくてはいけないの?どうせそんなに感謝されるわけでもなく、当たり前のような顔をされるのに。ここまでならいいけれど、これ以上は冗談じゃないわ」とか「この前お土産を頂いたから、今度はこれくらいはお返しをした方がいいだろけれど、勝手にくれただけだし、私が何かを選んだからと言って、どうせすぐ忘れるだろうし、それほど喜ぶようなものを選べるとも思えないし、面倒だしもったいない」などとかなりしつこく、また、強く思うのだそうです。

結果、そこそこの手助けや、お礼などをしたりはするので、周囲にはこの葛藤は伝わっていないだろうと思うそうですが、それにしても、自分の中のやり取りに疲れるし、何より、こんなことを想う自分が情けなく、自己嫌悪に陥るのが現実なのだそうです。

更には「こんな面倒な嫌な気持ちになるのも、周囲の人達の同調圧力のようなものや、裏表があるのに良い人ぶっている雰囲気が原因でもある」とイライラしたりして、尚更、周囲に何かをしてあげることが嫌になり、また葛藤が始まるという悪循環だそうです。そして疲れた時、「本当に私は人が嫌いだ」と思うともおっしゃいます。

こんな思いは、以前はそんなに感じた事はなかったのですが、ここ1年ほどで急に強くなったそうです。

自分らしく生きられるようになるにつれ、心の中にそのままにしていた思いが大きく表れてくることは珍しい事ではありません。I子さんはそんな時期に差し掛かったのでしょう。そんな時に見たのがこの夢です。

夢から覚め、I子さんは漠然と、何かしら腑に落ちたと感じたそうです。そして過去の出来事が、思っていたよりも大きな傷になって今も心にあることに気づきました。

I子さんは小中学生の頃、幾度か転校をしました。新しい環境に馴染むことに努力をした過去があります。

けれど特にいじめられたり、仲間外れにされた経験はありません。それはI子さんが一種独特の雰囲気を持ち、知性的で、孤高の人のようなイメージを醸し出す人だからかもしれません。

また実際に、一人でいることが好きで、群れることも嫌いな、芯の強い人であり、「私はそういう人。周囲にはいろいろな人がいたけれど、何もダメージを受けていない」と、ずっと思っていたそうです。

しかしそれは、もしかしたら、ある種の防衛であり、強がりだったのかもしれません。

転校してすぐの「新しい環境の中で見て見ぬをふりをされながら、実は観察されて、仲間に値するか否かを品定めされているような時間」や、「初めのイメージが大切だから、付け込まれないように、しっかりした雰囲気でいることに気を付けた時間」等は、思うよりI子さんに緊張を強いていたようです。

周囲の目にさらされたり、「その中で戦うような気持」は、いわゆるトラウマのようなものになっていたのかもしれません。はじめての転校が低学年だったこともあり、適応していくことに一生懸命で、自分の状態や感じ方等についての意味を処理しきれずに、その後はその方法を続けていただけなので、経験を整理して語れる所まで昇華されていなかったのかもしれません。

夢の中でI子さんは、独り大人です。子供のままではありません。制服や部活というのはI子さんにとっての学校社会や集団をイメージする物だそうです。I子さんは、今やっと、その頃のことを客観視できるようになったのでしょう。

無意識的に、或は条件反射的に「いじめられまい」「なめられまい」として、防衛や攻撃で先手を打っていたI子さんは、容易に周囲を信頼することはできなかったでしょう。

また、逆に、生き生きとした感情を押し殺している「正直ではない、集団の中での自分」のことも信頼できなかったのかもしれません。又、周囲で起きていることには敏感ですが、自分が不安な分、自分の身を護るための目線=主観でしか状況をとらえていなかったかもしれず、ありのままの事態が理解できていたかどうかも疑問です。

けれどI子さんが経験から認知している「集団」とは別に、夢の中のコーラス部員たちのように、同調圧力は加えないのに、さりげなく見守ってくれる集団もあるでしょうし、そんな方法も可能です。今のI子さんは、それを知っています。I子さんは夢の中のようにして迎えられたかったのかもしれませんし、今の自分は、そんな方法を取ってもよいのです。

自分を大きく見せるために彼女たちを馬鹿にするような発言をしなくてもよいのですし、大人である今は、適度な距離を持ちながら、自分の居場所を守ることも可能なはずです。
防衛により、まず緊張し、余計なストレスを自分に掛けなくても、自分の身を守れますし、嫌ならそこから去る自由も行動力もあります。自分に掛けるストレスが減れば、周囲に転嫁した怒りも減ります。

又、「煙草を吸うというマイナスな面(I子さんの連想から)」があっても、「皆ある程度はマイナス面もあるのだから、迷惑ではないよ」と受け入れながらも、I子さんを自由にさせてくれています。

I子さんが「人が嫌いだ」と思っていたのは、転校時のその時々の人達であり、今、目の前にいる人達は、当然ながら、彼女彼らと同じ人達ではありません。長年、特にトラブルもなく、上手く渡ってきた分だけ、当時の彼らへの怒りや恨みが未消化だったのでしょう。また「これを認めると、自分が彼らに負けたことを認めるようで避けてきた所がある」とも自覚なさいました。

この頃の強くなる思いは「消耗し、傷ついたがゆえに、怒りを抱えていた当時のI子さん」が、表に出ようとしていたのでしょう。

I子さんは「だからどうしたらいいのかなどは、まだ解らない」と仰います。しかし「実は、自分の中に押し込めていたもの」があり、それが表に出てきてくれて、「自分が思っていた物とは違うもの」を見つけました。ともあれ、最近の想いの源は解ったとおっしゃいます。

この後、徐々に認知が変わっていく出来事が起きたり、自身がさらに発見していく事が増えていくでしょう。想いが昇華されるのは時間の問題でしょう。