2012年1月15日日曜日

夫を怒る夢

夢の実例~夢主 Jさん(48歳・女性)

自宅で主人に向かって怒鳴っている。部屋がごちゃごちゃ散らかっているような印象もあり、足元をとられたり、邪魔される感じがあり、それが主人のせいだと、かなり怒っている。「出しっぱなしでやりっぱなしで誰が後始末して迷惑すると思ってんのよ!」と怒鳴っていた。


夢解き

夢主はご主人との関係もよく、最近特に彼に対して怒るような事も、不満をためているような事も思い当たりません。そのため「これはもしかしたら、自分がご主人以外の事への苛立ちを抱いていて、それを一番言いやすいご主人に当ることで発散しようとしている夢かな」とも考えました。けれど八つ当たりをしてご主人を傷つけるくらいなら、話を聞いてもらう関係性なので、それも少し違うのではないかと思いました。

しかし夢は、思わぬ時に解けました。

上の夢を見た翌日、夢主は夜中に、ご主人のいびきで起こされました。 折角寝付いた所で2度、3度といびきで眼が覚める最中、覚醒していく夢うつつの中で、とても腹が立ち、昨日の夢の怒りを抱いて目覚めていることを自覚しました。そして、そういえば、昨日も再三いびきで起こされていた事を思い出しました。

覚醒時、意識上では、ご主人のいびきはわざとではないと解かっていますから、枕の位置を変えていびきを鎮めてあげたりする夢主です。しかし意識の制御がない時には、本能である睡眠を邪魔され、かなり怒っているようだと気づきました。「(音を)だしっぱなし、(好き勝手)やりっぱなし、誰が後始末して迷惑すると思ってんのよ!」まさにこの気持ちだったそうです。

また、部屋がちらかっているような感じは、夢が切れ切れで終わらされる不快感と似ているそうです。夢主は、早速 翌朝、この話をご主人になさり、二人で枕の見直しを始めました。

睡眠時に現実に起きていることが夢に現れる一例の夢でもありました。

2011年8月15日月曜日

煙草を吸う夢

夢の実例~夢主 Mさん(46歳・女性)
煙草を吸い「あら、もうやめて長いのにすってしまってもったいないことをした」と思う。


夢解き

前回同様、夢を解く際には、一般説だけを当てはめたり、個人の状態を無視しての断定は避けていただきたいものとしての実例です。同じものが夢に出てきても、本人だけの意味がある「夢主だけの夢辞典」はたくさんあります。

Mさんは15年間の喫煙後、ぴたっとやめて既に10年以上たちます。勿論、現在煙草を吸いたいとも思いませんし、むしろ周囲で喫煙をされていると、その煙を気持ち悪いと感じます。しかしそれでもMさんはたまに、喫煙をする夢をみます。

「吸いたいと思っていないのに、なぜだろう」と、随分長い間考えていました。けれどそのうち、その夢の前日には、いつも共通の出来事があることに気づきました。

例えばある日は、歯の痛みに耐えかね鎮痛剤を飲みました。また別の日は、新しいお香を試した所、煙の上がり方がひどかったそうです。

また違う日は、ショッピングモールに出かけましたが、丁度冷房が入り始める頃の季節で、流れてくる風が誇りっぽく、嫌なにおいや空気を吸い込んだと感じていました。

既にお解かりのように、自分の体の中に、Mさんがよくないと思うものを吸い込んだり、取り入れた夜に喫煙の夢を見ていたということのようです。

これは「実際に負担をかけたよ」と夢が知らせてくれる場合もあるかもしれませんが、Mさんは、周囲からの刺激にやや敏感な人でもあるので、逆に「喫煙程度だから気にするな」とバランスをはかっている場合もあるのかもしれません。

一般的な煙草の意味としては「男性的エネルギー」「不必要で害があるもの」「大人にとってのおしゃぶりで、依存やストレス解消を求める場合」などがあります。

また、煙が気になる際は、「自分が悪感情やよくないエネルギーを振りまいている」或いは、「周囲のそれらにまとわりつかれていて、煙たいと思っている」場合などもあります。

喫煙者が夢の中で煙草を吸う場合は、日常的なことなので、習慣と夢のどこが違うかに着目してみるものよいでしょう。

また、リラックスの必要性や「肺がんなど病気を心配している」などを暗示する場合もあります。

ただ、これらをいちいちMさんに当てはめても、恐らく、あまりすっきりした夢解きにはならないでしょう。

「前日の出来事を整理している夢」と捉えるだけで充分かと思います。 Mさんも「それだけはっきり夢と繋がっているということだと感じられて、何だか心強い気がした」と仰っていました。

みなさんも夢日記をつけることで、自分だけの夢の象徴やパターンを是非みつけてみてください。

2011年7月15日金曜日

歯が抜ける夢

夢の実例~夢主 Aさん(18歳・女性)

歯が上下ともぼろぼろ抜けて落ちる。全部抜けてしまった。


夢解き

夢を解く際には、一般説をキーワードとして当てはめたり、個人の状態を無視しての断定は避けていただきたいものですが、特に歯がぬける夢はその代表と言えるかもしれません。その意味や暗示は多岐にわたります。

古典的な「夢占い」などでは、歯がぬける夢は親の死を暗示するという説があり、まずこれを思い出す方も多いようです。


しかし、歯は「噛み砕くもの」ですから「現状を飲み込むことが出来ない(受け入れがたい)場合」や、「自分の中で考えや思いを噛み砕き表現するための歯」が失われていますから「コミュニケーショ ンへの不安や問題」を表すこともあります。

又、乳歯が永久歯に生え変わるように「大人になること」や「自立の時 」であったり、セックスへの抵抗、或いは「食べていくために必要な歯」ですから、「自立や自活への一歩やそれらに伴う不安」を意味することもあります。


この意味では「親との別離」の意味もありますが、それが生死に関する別れか、単に現実的物理的な別れか、精神的な別れかは、「歯が抜けた」という場面だけで判断するのは難しいと思います。

又、他にも、歯が抜ける=「しっかりかみこむことで出来ない状態」は、エネルギーの枯渇や、老いへの不安や喪失感を暗示すること場合もあります。

よく噛んで栄養を取り込む事が出来ない状態で、これはメンタル面での場合もありますし、実際に体調不良や免疫力の低下、胃腸へのダメージ(咀嚼ができていないと胃が荒れます)などを知らせている場合や、実際に歯に治療が必要な場合などもあります。

ですから、歯が抜ける=「親に不幸があるのかもしれない」等と、闇雲に不安がらずに、まずは今の自分の状況を振り返ってください。

Aさんは、身近な大人にこの夢を 話した所、親の死を意味すると言われ、不安にさせられていました。


しかし彼女は、高校卒業後、就職の為に地元を離れたいと思いながら、親との問題もあり決めかねている状態でした。

また、親元を出て行ったからといって、自分がやりたい何かがあるわけでな く、どれが本心か解からず、新天地に行けば、もしかしたら自分が変われるような気がするだけなのかもしれない、とも思っている所でした。

こうなると、上記の様々な象徴が含まれることがお解かりになると思います。

「自分の中でよく考えや思いを噛み砕くこと」もできていない状態ですし、当然「大人になること」や「自立の時」ですし、「食べていくため」の経済的なものへの不安もあるでしょう。 今必要なことは、もう一度、自分の思いつきや希望を現実的に検証しなおすことです。

皆さんが夢と付き合っていく中で、もしAさんのように、「不吉」等と、ネガティブな呪詛をかけられるかのように片付けられたり、不安な気持にされた方がいたら、「夢解きはそんなに安直なものではないから大丈夫」と、是非、教えてあげてください。 

夢に教えられ、感謝することが多い一個人として、夢により未来が広がっていく付き合い方をしてくださる方々が増えることを願っています。

2011年6月15日水曜日

あやまる夢

夢の実例~夢主Tさん(40歳・男性)

空港の滑走路の近くを歩いている。すぐ横にある大きな河川敷で、高校時代の同級生のAに会う。彼はずっと弟を養っているらしい。だらしなくて嫌な奴だと思っていたけれど、そんな生活をしているとは知らなかった。胸が痛んだ。悪かった、と謝る。

夢の背景

Tさんによると、Aさんは昔から周囲に迷惑を掛けたり、手っ取り早く楽をしようとする軽率な人だったそうです。Tさんは彼を見下し、嫌っていたと言います。卒業以来Aさんと付き合いはありませんが、最近Aさんが新しい仕事を始めたらしいと、級友の噂で知りました。 Tさん個人の状態としては、今後の自分の身の振り方を考えている所でした。


夢解き

Tさんの、「これからの自分を考え、新しくなりたい、飛び立ちたい、世界を変えたい」と思う状態が、滑走路や大きな川に現れています。滑走路に沿わず、 空港に入って飛行機に乗れば、新天地につくでしょうし、川を渡った先には新しい発見が待っています。けれどそれができずに、川や滑走路に 沿って歩いて見ているTさんです。

彼が進めない原因の1つは、「勝手な決め付け」や「自分への疑いや罪悪感」或いは「後悔や過去の出来事に縛られているため」だったのかもしれません。

Tさんは、親や弟妹孝行もできず、自分が好きな道で夢を追いかけてきたと、思っていました。これでいいのか、ということを最近考えていたそうです。

「いつまでもそんなことをしていていいのか」という現実での罪悪感が「Aさんの弟を養っている話」になって現れてきます。

「かつてはあんなにだらしないと嫌っていたAさんの方が、実はちゃんと責任を果たしていて、自分はふがいない」そう思ったのかもしれません。Aさんに対してTさんが抱いているイメージは、自分の姿だったようにみえます。

現実で、Aさんが新しい仕事を始めたと聞いた時も、Tさんは「人はそんなに変わらない、どうせまた人にぶらさがって、ずるい方法で動いているんだろう」と思いました。

事実は何も知らないのに「そんなに変われないと」と決め付けているのは「自分自身が変われるはずがない」と決め付けていたからかもしれません。

又、どこかで、「もしかしたら今は立派にやっているかもしれないAさん」を、頭から否定した自分への自己嫌悪などもあったようです。

そんないろいろな思いが、夢の中でAさんに謝ったことで解消されます。過去の罪を償い、許してもらったような安心が得られ、みそぎを終えたような気持になれたのかもしれません。

現実のAさんに対しても、偏見を捨てられるでしょうし、自分に対しても自己卑下をやめ、率直に今後についてを考えられるでしょう。また、これからは、夢の中の心の痛みの経験により、他の人に対しても、自分に対しても、勝手な決めつけはしなくなるのかもしれません。

2011年3月15日火曜日

感情が伴う夢

2011年3月分より

夢の中で怒ったり泣いたりしている時、心拍数や血圧もそれと一緒に変化しているそうです。夢の中で怒ったことですっきりできたり、怖い思いをして疲労感と共に目覚めるのはこのためかもしれません。夢の中の感情は、夢の流れの中で違和感がないものなら、そのままの意味になりますが、状況によっては反対の意味になることもあります。夢の全体と、最近の出来事を照らし合わせて考えてみてください。


Wさん(45歳・女性)
職場のデスクにいる。私は一人だったと思う。大声で笑っている。何が楽しいのか、おかしくて、おなかがいたいくらい笑い、息も切れ切れになる感じ。何を笑っているのかは全然解からない。


Kさん(40歳・女性)
私が夫に怒っています。彼の今後のプランを聞いて「おかしいでしょ!何でいまさらそうなるの?ちゃんと毎日やっておかないからでしょ!?」などと、すごい剣幕で怒鳴りちらしています。現実では、夫にこれほど怒る理由は思い当たりません。


夢解き

Wさんの夢は「笑う」行為が、「逆の意味」を指す場合です。つまり「おかしい」感情は、喜びや楽しさではなく、悲しみの裏返しや自嘲を指すようです。

現実でも笑いすぎると、涙が出てくることがあります。夢の中でさえまだ素直に泣けず、悲しみや無力感と直面できないでいるようです。職場なので、そこでの緊張やストレスが原因なのかもしれません。

Kさんの、身近な誰かに「怒る」のは、相手からもっと大切にされたい場合が多いものです。けれど、Kさんにはどうもぴんときません。しかし代わりに、最近Kさんが自分の活動に自己嫌悪を感じている事に気づきました。

Kさんはご主人と似たもの夫婦とよく言われるそうです。夢の中のご主人は、彼女の分身なのでしょう。Kさんは「ちゃんと毎日やっておかないからでしょ?!」と、自分に怒りたかったようです。

目覚めた時の感情は、夢を考える時の大切なヒントになります。どんな夢でも感情を探る事は基本中の基本です。今回は、夢の中での感情から派生した行動が、突出しているものを取り上げています。

同じ「笑う夢」でも、「穏やかに自然に笑っている」なら夢の中でリラックスをしていることもあります。本当に楽しい毎日なので、夢にまでそれが表れたり、楽しいことを予見していることもあります。逆に、日常が辛いので、夢の中で楽しい思いをして心のバランスを取る働きの夢の場合もあります。

怒る夢も、ただヒステリックで攻撃的とは限りません。現実でも「怒り」はネガティブな感情を片付けられがちですが、行動力に変換できるパワーです。

Kさんの場合でも、これだけの爆発的エネルギーがあることが解かれば、現状を打破するためにその力を使うことを考え始めることが大切になります。

2009年5月27日水曜日

あかんべえ(上/下)

宮部みゆき/作 新潮社



江戸深川の料理屋「ふね屋」は、12歳の少女[おりん]の父母が開いたばかりの店。

引っ越してきてまもなく、おりんは病に倒れ、高熱にうなされます。新居でもあるふね屋に、幾人かの先住人がいたことに気づいたのは、その時からでした。彼らは現身ではなく、侍のお化け「玄之助」、おりんにあかんべえをする同じ年頃の「お梅」、三味線を爪弾く艶っぽい姐さん「おみつ」、按摩の「笑い坊」等の面々。 

おりんは玄之介に尋ねます。「お侍さんはお化けなんですよね?」「ずっとここにいるんですよね?」「ということは、あの、この家にあの、たたっているとかそういうことですか?」玄之介は答えます「祟らないと、居てはいかんのかな?」 

「おばけ」といっても怖いものばかりではないと知るおりんでしたが、「ふね屋」開店の時、抜き身の刀が暴れだし、座敷は大変なことになります。

玄之介たちに助けられたものの、このままでは店は立ち行きません。おりんは店や家族を守る為、そして、おばけたちを成仏させるために、彼らと共に「この場所の謎」を解明し始める、長編時代ミステリーでありファンタジーです。

読後、人格、或いは魂と呼ばれるようなものの「再生」の物語だったと感じていました。

「亡者」になるには理由があるし、誰しもそうなる可能性があるけれど、どんな理由があっても、「亡者にならない道を選ぶことも出来る」と、登場人物みんなが応援してくれているかのようです。それに何と言っても「見えないものたち」との付き合い方をごく自然に語り伝えてくれる、嬉しい作品でもあります。 

個人的な思いですが、日頃から、例えば、「引っ越した家に何かいたら嫌」とか「ここ、何かいるらしいね?!怖い」とか、はっきり解からない時ほど嫌そうな顔をしたりする人を見ると、悲しい気持ちになります。

むしろ「はっきり解からないからこそ」そんな風に反応しているのでしょうが、だったら逆に、まずは「はじめまして。お邪魔します」と言えないものかしら、と思います。

「それ」の「善悪」は別にして、殆どの場合、おそらくは、こちらの方が後から押しかけてきた侵入者、新参者のケースが多いのではないでしょうか。相手が何であれ、礼は尽くしたいものです。

あらためて言うまでもなく、自分の日常的ルールや社会の常識が全てではありません。

でも、頭では解かっていても、自分の範囲を超える未知を嫌悪したり、異質だからとつい排除しようとしたりしまうこともあるかもしれません。自分の常識を押し付けてコントロール下に置こうとしたり、或いは、人は弱いからこそ、我が物顔で侵略するような言動も取りがちかもしれません。

でもここは、強くいられるようになりたいなと、自然にそんなことを、再認識させてくれたようにも思います。

物語の力はやはり素晴らしい、と、あらためて実感させてくれた一冊です。
(2009.5.27.)

2009年2月18日水曜日

女殺油地獄

近松門左衛門/作 人形浄瑠璃


「おんなごろしあぶらのじごく」なんと凄いタイトルでしょう。

享保6年(1721年)近松の死の前年の作品です。今から280年以上も昔、徳川吉宗の「享保の改革」あたりの、あまりにも有名なお話です。

しかしあらためて驚かされるのは、そんな昔から、いびつな親子関係、放蕩息子、借金に家庭内暴力、挙句に強盗殺人まで進んでしまう物語が作られていることです。人間たかだか300年程度の進化では大して変わらないということかもしれません。 

河内屋与兵衛は23歳、大阪天満町の大店、油屋「河内屋」の次男です。河内屋の先代である実父は、兄の太兵衛が7歳、与兵衛が4歳の時に他界。その後、彼らの母お沢は、番頭の徳兵衛と再婚し、店を盛り立ててきました。

兄は立派に独立をしているのですが、弟は放蕩の限りをつくし、家族に後始末をしてもらっています。切れやすく乱暴かと思えば、泣きついて後始末を頼む時は情感たっぷりに後悔を示してはまた同じ過ちを繰り返している姿は、さしずめ現代ならDVや依存、寄生の姿のようです。 

兄は見かねて父である太兵衛に、与兵衛に厳しい態度を示し、勘当するように忠告します。

しかし父太兵衛は答えます。「継父といっても親や親、子を折檻するのに遠慮はないはずだと思っても、親旦那様が亡くなるまで、そなたたちをボン様、兄様とよび、指図をしていた側だから、与兵衛は私を父とも親とも思っていないのだろう。まして先代の息子を追い出すなんてことは出来るはずもない。」 

そんな父に対し、ついには母お沢が与兵衛を勘当、家からたたき出します。事件はその後に起こります。

一家の向かいの同業者、油屋「豊島屋」の内儀お吉は、世話好きが高じてそんな一家に巻き込まれ、ついには犠牲者となってしまいます。

なぜ兄は、立派に独り立ちできて、弟は出来なかったのか。同じ経験をしても、同じ家庭に育っても、環境の変化が起きた7歳と4歳の年齢差は、どんな影響の違いをもたらしたのか。

また、継父故に、現実的な父としての機能を果たさない「父親不在」状態と、その分、母が非常に強い父性を示していた為に「母性」まで失われたアンバランスが何を生んだのか。

そして義理人情で何とかしようとした他人のお吉。見方によっては非常に主観的感情で動き世話をやく、女性の典型らしき彼女が犠牲になったのはなぜか。

基になった事件があったとも言われていますが、真偽は定かではないそうです。江戸時代に書かれた、現代の家庭内暴力や自立が出来ない放蕩息子とその家族のそのままの姿。特に歌舞伎の舞台では、タイトル通り、与兵衛がお吉を殺す時に油まみれになり足を取られ、もがきながらの凶行が彼の心のようで印象的でした。悲劇の結末に、心はふさぐものの、家族関係を考えさせてくれる作品です。
 (2009.2.18.)